投稿履歴
Fractal@allrounder_coco
「フルリモート」と「オフィス出社」どちらが仕事の生産性が高いと思いますか?
通勤時間に関しては正直数時間にわたる労働に比べたら時間は短いし、あまり関係がないのではと思っている。極論、その人の働き方の形や性格(どんな環境で落ち着いて・集中して作業できるか)だと思うが、リモートもオフィスに引けを取らないコミュニケーションの質を獲得してきている。 オンライン会議は「会議のための会議」が少なく、短時間で終わる。画面共有、リアクションの仕組み、通信速度など、システムも年々改善してきているし、そういったツールを使う私達のリテラシーのようなものも向上している。 心理学的にも、作業を監視されている状況下だとパフォーマンスが下がることが知られている。
石油製品の供給不安って日本は騒ぎすぎだと思いますか?
日本は石油という今日の社会で最もメジャーなエネルギーのほとんどを中東に依存してきた中で、いつホルムズ海峡の閉鎖が終わるかわからない状況に陥ってしまった。石油の備蓄量がたとえ充分であったとしても、流通が滞ることで、数字上の統計に表れない問題が各産業で発生する可能性がある。
護衛艦やミサイルの輸出解禁へ。日本は武器輸出を進めるべき?
戦後、平和国家として再スタートしたはずなのに、そのイメージが揺らいでしまう。 砂川事件、集団的自衛権の容認に代表される憲法第九条の曲解、長い時間をかけて、初期の理想がないがしろにされていく。次第に日本という国家の基盤がずれて歪んで、いつか崩れてしまう。
これから求められる人材は専門性特化か 幅広い教養か
もちろん、知識の深さと広さ、両方持っておくに越したことはないが、一つの分野に秀でた研究者は日本中にいるということを鑑み、軸を複数持っている人材の需要が高まっているように思う。 現代の学問や社会問題は、一筋縄では解決できない問題が山積みである。例えば人間について一番知られていない器官である、脳。これは医学だけやっていればいいというわけではなく、心理学的な側面が絡んできたり、「意識とは」など哲学的な問題に直面したりする。研究についても、実際「学際」という語を含む論文の数が近年急増しているようだ。 (ソース 異分野融合の意味と意義 宮野公樹 https://www.jstage.jst.go.jp/article/materia/60/10/60_615/_pdf) 複数の分野にまたがる素養を有していないと、太刀打ちできない問題は今後も増えていくものと思われる。
いちばん好きなAIはどれですか?
Geminiは写真に載っている文字を認識する精度も高く、「思考モード」では非常に高度な論理を組み立てることができる。 読売新聞オンラインの記事によると、東大の入試問題をAIが短時間で九割超えしてしまう時代になっている。 (今年の大学入学共通テスト、AIは9科目で満点…「苦手だった日本史や図形問題も克服」 https://www.yomiuri.co.jp/science/20260121-GYT1T00440/) 個人的な印象としては、Claude AIは文系には強いが理系科目でエラーを起こしやすい。Geminiは最高峰の化学の問題も本質的な解き方を数十秒で出してくれるから、重宝している。
子どもに「自分専用のスマホ」、持たせるのは何歳から?
スマホを持たせるのはできるだけ遅い方がいいと考えているので、高校生から。子どもは大人よりも依存しやすく、脳の回路が侵されてからは依存してから回復するのも困難になりやすいから、なるべく慎重になった方がいい。また不審者との出会い、誹謗中傷やネットでの心無い言葉から受ける精神的ダメージも心配だ。 学習に際して調べものがどうしてもあるなら、近年学校で配られている一人一台のiPadなどで十分だろうし、保護者の電子機器を一時的に借りるなどすることもできるだろう。防犯についてはそれを目的に買ったとしても、先述したネット上の悪質な人たちによって、かえって悪影響になるだろうし(今日の青少年に関する事件はネットを介してのものが多い)、連絡のニーズも低年齢ではそこまでないだろう。年齢が低く、感受性が豊かな時は、画面の中ではなく、この現実世界にあふれるモノやコトやヒトにふれていってほしい。
住むなら都会か地方か
都会はインフラが整備されているし、様々なリソースや機会を容易に手にできると思いますが、地方でもそれらは生きるのに十分な水準にあると感じています。私の生まれた場所は、病院が少ないと言われている地域なのですが、そこまでの不便は実際生きる中で感じなかったし、そもそも人口が少ないので病院不足という状況は、知る限りありませんでした。また今の時代、自分の挑戦したいことがあったり、人に何かを学びたいと思ったりした場合、インターネットでそれをかなえるという道もあります。私が地方がいい理由は、自然が豊かで、心身を落ち着けることができる場所だからです。都会の整然としすぎた街並みは、田舎生まれの私には逃げ場がない、居心地の悪い場所と感じられるのです。
SNSは民主主義を強化するか、弱体化させるか
ソーシャルメディアは、諸刃の剣。 ネットの情報は、玉石混交であるため、情報に対するリテラシーが高くなければ、容易く騙されて支配層にとって、都合の良い奴隷になってしまう。 人は、自分が信じたい情報だけを集める習性があるため、ほとんどの人間が、世界の本当の姿を知らないと思われる。 エコーチェンバーの罠にはまっている。 ネットの情報をニュートラルな立場で活用し、常に最新の精度の高い情報をつかみ、自らの頭で考えて行動できる人間にならなければ、これからの新しい世界においては、生き残ることが難しいと思う。
ベーシックインカム(一律給付)の導入に賛成ですか?反対ですか?
ベーシックインカムが導入され、社会がうまく回るためには、おそらく一般的な労働(主に事務的な労働やサービス業)をAIが担うようになることが前提となる。 そうした前提がないまま、ベーシックインカムを導入すれば、社会がうまく回ることなしに、ただお金がばら蒔かれることで、貨幣の価値がなくなり、社会は混乱する。 人間は本能的に、他者や社会に貢献することで、おのれの存在意義を見いだし、それが生きる喜びにつながる。 そうした人間的な基本的な部分を持ち合わせていない、いわゆるサイコパス的な人間は、ベーシックインカムの仕組みには馴染めない。 よって、何らかの働きにより、ふるいにかけられて、弾かれて行き、新しい世界から消えて行くものと思われる。
いじめっ子よりもいじめられる方が悪いと思いますか
どんな人も、いじめの被害者になりうる。いじめを起こした側に原因があるという認識をしておかないと、学校という一社会は回っていかないと思う。そこに議論の余地・曖昧さを残してしまえば、ただでさえ過度なプレッシャーのもとにおかれ、日々のフラストレーションがたまっている学生が、様々なターゲットを見つけては躊躇せずに際限なくいじめを繰り返すことになるだろう。加害者を問うか、加害者の環境を問うか、またどこからいじめとみなされるかの問題は別途検討する必要があるが、少なくともこのことだけは共通認識、鉄則として全ての人が心にとめておかないといけない。この問いは発してはいけない問いだとすら思う。
年功序列・終身雇用は日本に残すべきか
高度経済成長期の日本は、技術変化が緩やかで、一度身につけた技能が長く価値を持ったため年功序列制度が価値を持った。しかし近年の社会は、AIの登場など、技術革新が速く、スキルの陳腐化が早いので、社会の速度に追いついていない、時代遅れの制度であると言わざるを得ない。新しい技術への適応力が高い若手が業務成果を上げていても、年功序列の下では評価や昇進が年次に縛られ、能力が正当に反映されにくいし、賃金も抑えられてしまう。
大学は今後も「行く価値」があるか
大学に行く価値はずばり「研究」だと思う。高校までの普通教育では、既知とされている、疑いのない事実とされている事柄を学んでいくが、大学では研究途中の「現時点での共通認識」を知識として学び、その知の営みに加わり、深め広げることが最終的なゴールである。大学は教育機関であり、かつ研究機関でもある。 知識を身につけ、教養を深め、人生を豊かにすることは確かに大事だが、それだけが目標ならば、YouTubeやオンラインのコースでも、より安価に達成できる。書籍でも好きなことを十分に学習できる。ネットの情報の信憑性の問題が懸念の対象になるかもしれないが、例えば京都大学がYouTubeに出す講義など、信頼できる情報源は探せばたくさんある。 オンラインでも、同じ興味関心や目標を持つ仲間に簡単に出会い、連絡を取り合うことができる。 そうなったとき、高い学費を払ってまで大学に行く必要があるとすれば、主に理系で、整った研究設備、機器などの環境と、直接指導してくれる教員を求めて、ということになるだろう。 したがって、研究を目的としない場合は大学に行かなければならない理由はあまりないが、少なくとも研究というものを体験してみるという意味では、もしくはその道に進む場合は、大学には一定以上の価値があると考える。
AIは人間の創造性を高めるか、それとも奪うか
私はAIは人間の創造性を奪うと考える。 AIは調べものだけではなく、作業効率化やアイデア出し、日常生活で行わなければならない数々の判断(買い物、人付き合いなど)を下すための補助にも有用だ。 しかし、歴史的に見ても、人は使わない能力を衰えさせていく。文字を生み出す前、人々は驚異的な記憶力を持った。古事記を暗誦した稗田阿礼が有名だろう。音声言語しかなかったからこそ、その能力が磨かれていた。 また有名なかのアルバート・アインシュタインも「天才とは努力する凡才のことである」との言葉を遺しているし、トーマス・エジソンも「天才とは、1%のひらめきと99%の努力の賜物である」と言う。 すなわち、ひらめきや突飛なアイデアは、地道な作業があってこその産物なのだ。 AIに依存を深めていくと、様々なことを自分でやるのが億劫になるかもしれない。しかし、馬鹿にしているその作業を自分自身の手で行っていくことが、インスピレーションを得る第一段階とも考えられる。